ある商社マンの記憶

父に会ってきた。

幸いな事に意識ははっきりとしていた。声は掠れていたがゆっくりとよく喋った。

親父は唐突に現れた自分に「よくここまで来たな」と感嘆していた。自分が来た事がそんなに嬉しいのか、とちょっと目頭が熱くなったぐらいだ。

だがよく聞くと話は全く違っていた。

親父はシンガポールの高級ホテルに泊まっていて、そこに息子の自分も来ていて偶然出会ったんだと思っていた。

ここはほんとにいいホテルだよ、と褒めちぎる。どこに泊まってるんだ、連絡先を置いてってくれ、とせがまれた。

そして、パキスタンで接待をするから文化やそういう事を勉強する英語のセミナーを受けてるんだよ、と教えてくれた。

親父は現役時代は世界中を飛びまわる商社マンだった。住んだ国は5カ国、訪れた国は60カ国を超える。

親父が長期出張で初めてパキスタンを訪れたのは60年も前、まだ20代の事だ。パキスタンのことを勉強していたのはその出張に行く前の事だ。

そんなにも昔の記憶が鮮やかに蘇り、親父はその記憶の断片の中にいた。

遠い外国に住んでいる自分がそこに現れても違和感は無いらしく、こんなところで会うなんてほんとに奇遇だね、と感心していた。

世界は狭くなったんだよと言うと、そうだねぇ、と納得する。

今はね大きな家を借りて住んでるんだよ、と教えてくれた。洋間がいくつもあるとっても素敵な家なんだ、と言う。

洋間がいくつあるのか聞くと、思い出しながらひとつ、ふたつ、とゆっくり数え、八つ洋間がある、と言った。

あぁそれは、と思いあたって、二階建てで一階に寝室がある家かと聞くとそうだと言う。

その家は自分も訪れた事のある、スウェーデンで両親が借りて住んでいた家だった。

親父はその家は実家の近くの妹が今住んでいる街にあるんだよ、と言う。どちらも好きな場所だったようで記憶の断片の中で二つは重なっていた。

そしてその素敵な家にはピアノが三台あるんだよ、とも教えてくれた。親父はピアノが何台もある家に住んだ事はないのだけど。

妹が生まれた年に親が建てた実家は家も庭もそこそこ大きい。老齢で体の自由がきかなくなりつつあった親には手入れも大変だった。それでも親父は住み続けたがった。

それだけ思い入れがあった家なのに、横浜の実家は?と聞くと、あの家はもう古いから、と興味がなさそうだった。

親父は時々喋るのをやめ、瞬きもせずじっと遠くを見ていた。それは記憶の断片が蘇ってきているらしく、そうやって蘇った世界にまた身を置き、時折確かめるように自分を見ながら話した。

そしてそれを数回繰り返すと親父はとてもゆっくりと目を閉じて眠ってしまった。

記憶の断片たちはごっちゃにはなっていたが、親父の意識は間違いなく若い時に訪れた国々にいた。

昏睡している事が多いが起きて意識がはっきりしている間、親父はこうやってまだ若く輝きに満ちて楽しかった頃の世界にいるのだ。

自分はその事にとても安堵し、そっと親父の眠っている部屋を後にした。

去る前に受付に立ち寄り、面会の前に気を遣ってくれた若い女性に礼を言った。

父はここをシンガポールの高級ホテルだと思ってほめちぎってましたよ、と伝えると心配顔だった彼女は破顔した。

外に出るとまだ少し冷たい色をした雲の合間から暖かく柔らかい初春の陽が射しこんでいた。