人工知能と道具

近年AIが身近になってきた。AIというと映画ターミネーターの凶悪人工知能スカイネットを思い起こす人もいるだろう。

AIと言ってもいろんなのがある。最近の流行はニューラルネットという技術だ。

実はニューラルネットはアメリカで30年ほど前にちょっとだけ流行っていた。自分の周りでもオタクな友達がプログラミングして走らせてたが、当時のパソコンの性能ではアリに漬物石を担がせるようなもので実用性は皆無だった。

ニューラルネットの中身は大して難しくない。ニューラルネットは「学習」するのだが、これは内部で多数の数値を少しずつ変えて期待値に合うように逆算しているだけだ。だがこれを何度も繰り返すので演算量が膨大になってしまう。だから昔のパソコンでは実用にならなかった。

時代は変わりパソコンの演算速度が数万どころか数十万倍になった。ニューラルネットを組み学習させ、画像を認識させるぐらいはふつうのパソコンで手軽にできてしまう。30年前を知ってる自分からしたらものすごい進歩だ。

でもこれはニューラルネットの学習速度が速くなっていろんなことに使えるようになっただけだ。これはこれですごいことなのだが、携帯電話がスマホになったようなもので当たり前になってしまえばそれまでの事だ。

ケータイと同じでAIは便利な道具なのでどんどん応用されて進化するだろう。パソコンみたいに何万倍の性能に進化して新しい事を可能にするのかもしれない。

でも道具はあくまでも道具。スカイネットが人類存続を脅かす日はまだまだかなり先の事だと思う。

鶏肉 Sous Vide

カミさんが家出した。テニスの全国大会とやらでフロリダ遠征に行ってしまったのだ。

ふだん食事はカミさんが作ってくれるのだが、実は自分はけっこう料理好きなのだ。カミさんがいないとなると美味いもの作って楽しみたくなる。

今日は午後に出社予定だったので朝のうちに鶏の胸肉を調理した。自家栽培のローズマリー、タイムを採ってきてオリーブオイル、海塩とテリチェリー黒胡椒だけで味付けして真空パックし、華氏149度の温水で1時間ちょっと火を通す。

Sous Videは真空調理のことで食材を袋にいれ肉が硬くなるちょっと手前の温度まで加熱した水の中で調理する。真空パックはしなくても良いのだが自分はこの方がハーブが行き渡ると思う。そういうことにしとかないと真空パック器使わないままだし。

昔、凝ったレシピが良いんだと思ってた時代があった。だがシンプルな料理だと火の通し方や自分のセンスで美味い不味いが決まるのでかえってそのほうが楽しいと思うようになった。Sous Videだと加熱にあまり気を使わなくていいから楽だ。

真空調理が終わったら煙がでるぐらい熱くしたフライパンでさっと片面20秒ほど火を通す。

ハーブが香ばしく、フォークで切れるぐらい柔らかく、中までしっとりとしたチキンブレストができた。

ランチに食べたけど美味かったわぁ。さっきカミさんに写真送って自慢しといた。さて明日はどうしようかしら。タジンで魚料理なんかどうだろう。

意見を捨てる

SNSやブログは個人が好きなことを発信できる。自分みたいにカメラだの万年筆だのと書いてる人たちもいれば、いろんなことに厳しい意見を呈する発信もよくある。

ツィッターなんか知らない人の厳しい意見がどんどんリツィートされて流れてくる。まるで意見の洪水だ。

アメリカの作家ジョン・グリーンが講演で言ってたことなのだが、インターネットのせいでみんなどうでも良いことに極端な意見を持ち他人に押し付けたり議論するようになってしまった。

極端な意見は時間とエネルギーを使う。幾多の極端な意見を持つのは膨大なエネルギー消費になるのだ。どうでも良いことに極端な意見を持つのは人生の浪費じゃないのか。

だからジョン・グリーンはどうでも良いことに意見を持つのは辞めることにしたのだそうだ。本当に大切な事ってのは幾つもない。どうでも良い意見を主張して浪費する時間、思考、エネルギーを本当に大切なことに集中すべきじゃないか。

ジョン・グリーンの言うとおり。プロレスは八百長だとか、カレーとご飯は混ぜないで食べろとか、みんな真面目に言ってる意見ってどうでも良いことばかりじゃないか。

あ、でもアイスクリームはバニラ味以外認めないですから。