アポカリプティック・ビットコイン

英語でアポカリプティックという言葉がある。「来たる災害の」とか「世界の終末的な」と言う意味の言葉だ。

アポカリプティックな考えをする人というのはアメリカには一定数いて、政府や外敵から自分と家族を守らなければならない日は必ず来るんだ。だから銃を持たないとならない、みたいな素っ頓狂な事を真面目に主張する。

実はそういうアポカリプティック思考なアメリカ人の友達がいるのだが、こいつがしばらく前にビットコインに全財産をつぎ込むと言い出した。

話を聞くと、邪悪な政府がコントロールし、いくらでも印刷できる貨幣はいつか崩壊する。一般大衆が管理するビットコインこそ貨幣制度のあるべき姿なのだそうだ。

自分はそういうイデオロギーを装った議論には原則かかわらない事にしている。だがそこはやっぱり昔からの友達なので、そんなの建前で暴騰するビットコインで億万長者になりたいから言いつくろってるだけだろ。と指摘した。すると案の定「それのどこが悪い!」とキレていたが財産ビットコイン化計画はそれ以上進めなかったようだ。

アメリカ人に時折いる、政府の弾圧とか貨幣制度の崩壊とか常軌を逸したアポカリプティックな前提を行動の理由にする人は、実はどうしても銃を持っていたい、とかなんとしても億万長者になりたい、と言った幼稚な心理が透けて見える事が多い。

自分はそういうのを密かに阿呆カリプティックと呼んでいる。

日本旅行

ちょっと前に日本旅行してきた。

もちろん日本には時々行くのだけど、近年まで日本をどう楽しむかというのを真剣に考えてなかった。

知らない外国だったら色々調べて目的を持って旅に出る。でも日本は生まれた国だし日本語喋れるし知ってて当たり前じゃん、みたいな感覚がある。なのでとりあえず予定組んで飛行機乗って行ってなんとなく過ごして疲れて帰って来て熱を出す、みたいな事をずっと繰り返してきた。

なんでそんな事になってたかというと、日本に最後に住んでたのはン十年前、それも社会人になる前だったので日本の事は知ってるようで知らないのだ。知らない国なのに気合入れて旅をしないので、ただ行って帰ってくるような事を繰り返していたのかもしれない。

知ってるようで知らない、近いようで遠い国、という不思議な関係なのは気がついていたんだけどなぁ。まぁ認めたくなかったのかもしれない。

でも近年そういう現実を認識して旅行者の目で日本を見るようになったら日本は素晴らしい旅行先になった。

食べ物にしろ買い物するお店にしろ日本はなんでも素晴らしいものにあふれている。しかも日本では言葉が通じるのでただの観光旅行より何倍も内容の濃い旅が出来る。

例えば現地の人たちが開店前から並ぶ飲食店なんて言葉がわからない国だったら探しようもない。何を注文して良いのかもわからない。それが日本ではいともたやすく高いレベルでできてしまうのだ。今までいろんな国行ってきたけどこんな素晴らしい旅行先は他に無い。

そう思うと日本がちょっと遠い国で逆に良かった気がしなくもない。

ルーザー

人差し指と親指を伸ばして銃を撃つ真似ってするでしょ。右手でこの形を作って、そのまま持ち上げて人差し指が上を指すように手の甲を額につける。

やってみるとわかるけど、おでこにLサインになる。このデコL、アメリカ人なら誰でもわかる「ルーザー」のサインだ。

ルーザーってのは自分では何もしようとせず他人を悪く言ったり、承認欲求が高くてくだらないことに固執する人の事とされる。自分に自信が持てないところから来る訳で、誰が見ても劣等感が原動力な人がルーザーだ。

ルーザーっていうのは日本で言う負け組とはちょっと違っている。高価なモノを身につけるのが評価の基準と思っている人もルーザーだし、自分の境遇を他人のせいにするのもルーザーだ。

そういう人達と話していると無意識におでこにLサインしたくなるから気をつけないとならない。