デジカメが好きでない本当の理由

アパートメントにカマウチさんが書いていたのを読んだ。

ダイレクト・ビューファインダー。 | アパートメント

自分もEVFとか液晶が好きでない。それはダイレクトな投影でないからだ。という話ではない。そんな高尚な話じゃない。

液晶が見えないのだ。老眼で。

自分は子供の頃から大の本好きだった。小学低学年の頃、寝る時間を過ぎてもベッドで毛布かぶって懐中電灯でいろんな本を読み続け、しまいにはシャーロック・ホームズを全巻読破したりしてた。そのせいで歴史とシャーロック・ホームズにはとても詳しくなりついでに極度の近眼になってしまった。なので子供の頃からずっと眼鏡のお世話になっている。

この度の強い眼鏡というのはちょっとでも老眼が入るとそれを増幅してしまうようだ。まだそんな歳でもないうちにあっという間に近いものが見えなくなった。だからカメラの後ろの液晶は見えなくて大っ嫌いだ。

フィルムで写真を撮りはじめた頃、最初のカメラはバルナックライカだった。使ったことがある人はわかるだろうがファインダーは大して見えやしない。

だからピントさえ合わせられれば良いや、ぐらいに考えて撮っては現像してた。とっても楽しかった。

今思えば写真をよく見せようと考えはじめた頃からカメラを通して見えないとダメになったような気がする。

考えてみればもともとただ撮るのが楽しくてはじめたフィルム写真だ。またバルナック取り出して何も考えず撮ってみるのも悪くない。

日本旅行

ちょっと前に日本旅行してきた。

もちろん日本には時々行くのだけど、近年まで日本をどう楽しむかというのを真剣に考えてなかった。

知らない外国だったら色々調べて目的を持って旅に出る。でも日本は生まれた国だし日本語喋れるし知ってて当たり前じゃん、みたいな感覚がある。なのでとりあえず予定組んで飛行機乗って行ってなんとなく過ごして疲れて帰って来て熱を出す、みたいな事をずっと繰り返してきた。

なんでそんな事になってたかというと、日本に最後に住んでたのはン十年前、それも社会人になる前だったので日本の事は知ってるようで知らないのだ。知らない国なのに気合入れて旅をしないので、ただ行って帰ってくるような事を繰り返していたのかもしれない。

知ってるようで知らない、近いようで遠い国、という不思議な関係なのは気がついていたんだけどなぁ。まぁ認めたくなかったのかもしれない。

でも近年そういう現実を認識して旅行者の目で日本を見るようになったら日本は素晴らしい旅行先になった。

食べ物にしろ買い物するお店にしろ日本はなんでも素晴らしいものにあふれている。しかも日本では言葉が通じるのでただの観光旅行より何倍も内容の濃い旅が出来る。

例えば現地の人たちが開店前から並ぶ飲食店なんて言葉がわからない国だったら探しようもない。何を注文して良いのかもわからない。それが日本ではいともたやすく高いレベルでできてしまうのだ。今までいろんな国行ってきたけどこんな素晴らしい旅行先は他に無い。

そう思うと日本がちょっと遠い国で逆に良かった気がしなくもない。

ルーザー

人差し指と親指を伸ばして銃を撃つ真似ってするでしょ。右手でこの形を作って、そのまま持ち上げて人差し指が上を指すように手の甲を額につける。

やってみるとわかるけど、おでこにLサインになる。このデコL、アメリカ人なら誰でもわかる「ルーザー」のサインだ。

ルーザーってのは自分では何もしようとせず他人を悪く言ったり、承認欲求が高くてくだらないことに固執する人の事とされる。自分に自信が持てないところから来る訳で、誰が見ても劣等感が原動力な人がルーザーだ。

ルーザーっていうのは日本で言う負け組とはちょっと違っている。高価なモノを身につけるのが評価の基準と思っている人もルーザーだし、自分の境遇を他人のせいにするのもルーザーだ。

そういう人達と話していると無意識におでこにLサインしたくなるから気をつけないとならない。