引越坂

横浜のローカル情報サイト「はまレポ」で引越坂の事が取り上げられてた。

横浜の変わった地名「引越坂」の由来とは?

何をかくそう、引越坂は実家のすぐ近くだ。近くどころか実家は引っ越し坂の切通しの上だ。引越坂にはいろいろと思い出がある。

呪いの交差点

「引越」の秘密は村の成立過程にあり!の穏やかな上り坂の写真のこの場所。なんの変哲もない交差点だけど、自分は子供の頃ここで車にはねられたのよ。小学2年のときに。

跳ねたおじさんは気絶した自分を車に乗っけてそのまま走り去り、後部座席で息を吹き返したときは知らないところを走っていた。跳ねられた記憶がなくてとりあえずおじさんに頼んで無事家まで送ってもらった。ちゃんとお礼まで言ったけど思えばあのときおじさんは自分を病院に連れて行こうとしてなかったな。

あのときは飛び出した自分が悪かったと思う。でもその後同じ場所で自分の見てる前で出前持ちのカブが車に跳ねられてた。幸い大きな事故ではなかったけど、自分が跳ねられたまさしくその場所だった。

写真でわかるように見通しも良い。なんてことない交差点なのに、呪われてでもいるのか、引越坂。

酔っぱらい

引越坂の辺は林と丘と田んぼの跡地があって子供の頃は元気いっぱいに走り回ってザリガニを取ってた。オーストラリアに数年住んで中学生になって帰ってきたら丘がまるごと大規模マンションになって隣に小学校と中学校が建っていた。

その中学に通いそして近くの高校にしばらく通った。アメリカに来る前に最後に住んだ日本の青春の思い出だ。引越坂の風景は自分の通学風景でもある。

通学といえばある日いつものように遅刻しそうで急いでいたら引越坂に人が倒れてもがいていた。少年だった自分はびっくりしてかけより大丈夫ですか?って助けようとしたら早朝からぐでんぐでんの酔っぱらいだった。酔っぱらいって道で転がってても跳ねられないのね。自分は跳ねられたのに。

酔っぱらいのおじさんは自分の親切にたいそう感心してくれた。そして「おまえは良いやつだ。俺んちで酒を飲もう!」としつこく言い出し、つかんで離そうとしなかったので振り放して先を急いだ。そしてやっぱり遅刻した。担任は生活指導主任で酔っぱらいにからまれて遅刻したなんて大騒ぎになりそうで言えなかった。忘れられない日本の青春の思い出だ。

思えばあまり長い間住んでないのにいろいろとキョーレツな事が起きる国だったな、日本。引越坂だけなのかもしれないけど。