日本人は勤勉か

日本人の勤勉さとは

「勤勉」って響きは、いっしょうけんめいに励むとか勉強や仕事したり、そういうイメージのある言葉だ。

自分は世界中いろいろな国に行って住み、いろいろな世界の人たちと一緒に仕事した。常に日本と日本人を外から見ていた。日本人は勤勉か、と聞かれたら日本出身の自分は胸を張ってそうだ、と言う。

だが、本当にそうなのだろうか。 日本人が自らに抱く勤勉イメージは外から見たイメージと同じなのだろうか。

勤勉とディリジェンス

勤勉に近い英語はdiligenceだ。 Diligenceはこつこつとまじめに仕事をするという意味もあるけど、自分たちが使う意味合いはちょっと違う。「しんどいところで手を抜かない」「もうひと頑張りを怠けない」のがdiligenceなのだ。

例えばプログラミングでバグや問題が出てきたとする。簡単なバグならまだしも、タイミングやデータで起こる難しい問題は答えが簡単に見つからない。 なにか発見があってもそれは本当の問題への糸口であって、終わりでは無いことが多い。

ここで「説明がつかないからもっと掘り下げる」のがdiligenceだ。しつこく納得できるまで突き進むのがdiligenceだ。

ビジネスの世界でも同じだ。どうしても上手くいかない問題があれば表面だけで終わりにせず、本当の問題は何なのか掘り下げないとならない時がある。 人間関係とか人情とかそういうウェットな問題も実はディリジェンスが無いと解決できない。

本当の勤勉さとは

日本人の勤勉さのイメージとはなんだろうか。 日本の感覚からすれば、必要とされることをしっかり高品質にやってみせること、のようなイメージだろう。 きっちり仕事をする、一つ言われたら十の事をする、みたいな。

だけどそれは日本の外から見ると勤勉さではない。アメリカ人の感覚からすれば元の能力が高く到達意欲があればできることだ。能力なりの事をやってみせるのはhard workingでしかない。どちらかと言えば「怠けないブルーカラー」の感覚だ。もともとできるんだから当たり前、としか思われない。

プロフェッショナルと呼ばれるアメリカ人の感覚からすれば、本当の勤勉さとはとかく上手くいかない職場の人間関係とか、どうしても説明のつかないバグとか、そういった難しいものを解決するまで諦めずに努力する事を言う。

その観点からいえば日本人は就業後にみんなで酒をのんだりとか、プライベートなことまで立ち入ってお互いを理解しようとする。 もちろん欧米と感覚は違がうし、欧米では非常識な事もあるけど、とてもディリジェントなのは事実だ。

だから仕事上の問題も、納得するまで解決に付き合ってくれるだろう。

アメリカ人が日本人に抱く「勤勉さ」ゆえの好感度はこの辺から来ると思う。日本人は自分の意図しない部分でとても勤勉だと思われているのだ。